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文字は踊る

いやはや,今日も終わった.

 

めでたしめでたし.

 

天気予報では一日中曇り,

 

この先1週間は曇りです.

 

なんて,なんだか暗いことをいっていたが,

 

なんのことはない,午後3時ゴロから晴天に恵まれ,良い日になった.

 

良かった良かった.

 

 

でも,気象予報士は複雑だろうな.

 

良い方に外れちゃったんだから.

 

悪い方に外れるより,いいのかな.

 

 

【はれときどきぶた】

 

今年って,読書を推進する年だということらしい.

 

その話,4月に一度だけ聞いて,その後忘れていたが,

 

全く広報されていないんだから,国策では無かろう.

 

 

読書と読字ってどうやら違うらしい.

 

まぁ,書を読むか,単に字を読むかの違いでもあるわけだが,

 

読書中毒っていうと,そんなに悪そうな感じはしないが,

 

読字中毒というのは,なんか問題がありそう.

 

 

そんな言葉は,wedで調べても無いんだけど,

 

“-holic”ってのはいずれにしても,聞こえが悪い.

 

タイガーウッズだってそうだ.

 

 

つまりは,”-holic”になってはいけないわけであるが,

 

端から見ると,熱心にやっている人間は,何かにとりつかれているように見え,

 

それを表現する一つの言葉が,”-holic”である.

 

 

ところで,国が読書推進を掲げると,そのしわ寄せ(?)は義務教育を受ける子供達に来る.

 

つまり,読書の時間を朝とるようになったりするのだろう.

 

 

その時間に何を読むのか,それは皆の好き好きであろうが,

 

小中学生が読むことのできる本というのは,かなり限定されていると言って良い.

 

当たり前の如く,なんか悪そうな本は読むことはできない.

 

例えば,壺中天酔歩は恐らくだめであろう.

 

 

だって,未成年が飲酒詩を読んで解るわけがない.

 

もし,腹の底からわかったというならば,小中学生ではなく,焼酎学生なのであって…

 

 

失敬,小生は洒落は嫌いであった.

 

 

とにかく,これは良し,これはだめ,の境目は,

 

「はれときどきぶた」

 

であろう,ということである.

 

 

つまり,絶対基準であり,そこから相対的に上なら良し,

 

下ならだめ,ってことである.

 

 

例えば,ウォーリーをさがせ.

 

この場合,

 

ウォーリーをさがせ < はれときどきぶた

 

のような気がするから,

 

ウォーリーをさがせは,読書の時間に読んじゃだめ.

 

 

野村監督の,あ〜ぁ楽天イーグルス.

 

これは,子供にふさわしくない.

 

まさか有害文書とカテゴライズされるとは思えないが,

 

子供らしくない,ってことでだめ.

 

 

燃えよ剣,これはどうだろう.

 

これはもちろんOK.

 

きちんと司馬史観を身につけていると言えるだろう.

 

 

ただ,面白い,っていう本じゃない.

 

 

なんだか,よくわからなくなってきたが,

 

とにかく,

 

はれときどきぶた

 

よりもまじめな本であれば,読書の時間に怒られることはない,ということである.

 

 

ボクなら,文字の少ない,

 

はらぺこあおむし

 

を読むのだろうが.

 

 

【読書感想文】

 

ある程度,読書の時間が蓄積されると,

 

読書感想文の提出を要求される.

 

 

あの,本を読むだけでもしんどいのに,

 

さらに,感想を書けとは,これ如何に.

 

 

小学校高学年になると,

 

400字詰め原稿用紙5枚程度を要求されるのだろう,

 

それに教師が優劣をつけて,

 

優秀賞,などとは.

 

 

この仕組み(?)について,ボクは小1の頃から違和感を感じていた.

 

 

だって,本を読んでも,ただ引き込まれるだけで,なにも感じることはないモン.

 

ふーん,へー,おぉ〜.

 

それくらいしか思わないモン.

 

 

しかし,それでもなんとか感想を絞り出して書く.

 

いいこぶって.

 

 

これってある意味で社会を落胆させる表現だけど,

 

恐らく本質なんだと思う.

 

 

読書感想文っていうのは,

 

自分の感じたことをただ書けばよい.

 

例えば,そうだ,燃えよ剣を読んだ感想,

 

これについて,

 

芹沢鴨は,男気があっていい人だとおもいました.

ボクもこういう人になりたいです

 

みたいなことを書いた子供がいたら,

 

きっと半分以上読んでいない.

 

 

沖田総司は,隊長ですごいなとおもいました.

 

確かにすごいが,この子も半分以上読んでいない.

 

恐らく,下を購入していない.

 

 

現在の先斗町はただの飲み屋街であるが,

 

その道幅は狭く,まさに袖ふれあう,そういう通りである.

 

これは,きっと親が書いている.

 

 

土方のような,立派な薬売りになりたい.

 

完全に土方を誤解している.

 

もしかすると,

 

土方を,どかた,つちかた,などと読んでいる可能性がある.

 

ただし,目の付け所はよろしい.

 

 

いずれにしても,読者の率直な感想かもしれない.

 

しかし,読書感想文大賞を受賞することはないであろう.

 

なぜか,それは暗に明白である.

 

 

ボクは,小3の時に,昨年の読書感想文大賞をそのまま丸写しして,

  

提出したが,佳作にも選ばれなかったし,べつに怒られもしなかった.

 

(さすがに若干modifyした覚えがあるが…)

 

 

これは,読書感想文の審査基準があいまいであることを意味する.

 

 

ただし…

 

そろそろ,「たべっこどうぶつ」に描かれている金メダルみたいなものが貼られた,推薦図書が本屋の店頭に並ぶであろう.

 

そう,読書感想文で受賞するためには,その年の推薦図書を読むことが必要なのである.

 

そう考えると,決められたお題で,どこまで子供らしい美辞麗句を並べることができるのか,それを競うのが「読書感想文コンテスト」なのである.

 

その能力に長けたもの,あまりつきあいたいとは思わないなぁ.

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